おじじ
私は小学3年生のときに母が再婚したため、札幌を離れとある炭鉱町に引っ越しました。

新しいお父さんの両親がすぐそばに住んでいました。

とりあえずの山の中で、家も木造の平屋とか私たちが住んでいたのはコンクリート製の家でしたが、お父さんの両親「おじじとおばば」が住んでいる家は木の板を打ち付けて作ったような家で、水道の蛇口は見たこともないようなもので、調節がとても難しいものでした。

すべてがカルチャーショックというか(笑)、この町の人は洗面器のことを「ガンガン」と呼び、夕方の挨拶は「おばんです」といい、母のことを「こぶつき」と言い、「こぶつきとは何か?」と母に聞けば「おまえのこと」と言われ(笑)とっても衝撃の日々を過ごしていました。

おじじは明治生まれの人で、畑と釣りが生きがいの人でした。
とっても頑固でいつも一人でぶつぶつ言っていた人で、母方のおじいちゃんがカーテンでジュディオングのマネとかするような人だったので(笑)私にはその無骨さは「恐怖」でもありました。

ただ、耳が遠せいもあって声も大きく、うちの父や他のおじさん達にあんまり相手にされてなくて、なにか口をはさめば、

「じじは黙ってれ!」

と言われ、それでも小さな声でぶつぶつ言い続けるこの人がちょっとだけ可哀想だなと、どうしてみんな話を聞いてあげないのだろうと、子供ながらに思っていました。

ある時、私がなぜか「カラスを仕留めてやろう」と思いたち(なぜそう思ったかは不明)、木の棒を拾ってきて、ぜんぜん弓に張りもない(笑)まったく矢(ただの棒だけど)は飛ばないものを一生懸命つくっていたら、おじじがやってきて

「そんなんじゃだめだ。」

と言って、どこかから竹を持ってきて、それを火であぶり曲げ、タコ糸で弓を張り、竹の棒に弓をひっかける溝を作り矢も作ってくれました。

とってもカッコイイのができて、私はカラスのことはすっかり忘れ、マトを作って弓矢を打ちまくりました。

ある時は庭先に現れた大蛇と格闘したり、竹馬を作ってくれたり、私の中でおじじは「すごい人」というふうに印象が変わっていきました。


時が経ち、おじじが札幌の病院に入院していたときに、実の孫ではない私はちょうど仕事も辞めてブラブラしていたので、たまに一人でお見舞いに行ったりもしましたが、とっても可愛がっていた実のお孫さんたちに会いたいようで、私のことは

「お前は誰だ!」

的な感じで(笑)切ないような、笑えるようなそんな光景でした。

亡くなる少し前に、そのころは実のお孫さんがいる町の病院に入院していましたが、家族で病院を訪れ背中をさすってあげるととても穏やかな顔をしていたのを思い出します。

あれからもう十数年です。

なんだか、とりとめのない話ですが、急に思い出したもので。
わはは。

 
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札幌市厚別区サロン『Terra』のgaoです☆
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